「”ASEAN諸国のW杯”スズキカップとは?」池田宣雄(フットボールフィリピン)×本多辰成(FOOTBALL THAILAND)特別対談/後編(「J論」記事転載)
“ライターの数だけ、それぞれの人生がある”。ライターが魂を込めて執筆する原稿にはそれぞれの個性・生き様が反映されるとも言われている。J論では各ライター陣の半生を振り返りつつ、日頃どんな思いで取材対象者に接して、それを記事に反映しているのか。本人への直撃インタビューを試み、のちに続く後輩たちへのメッセージも聞く前後編のシリーズ企画。第10回は『フットボールフィリピン』の池田宣雄氏と『FOOTBALL THAILAND』の本多辰成氏に話を聞いた。
(取材・構成/郡司聡)
(前編「いま、なぜASEAN諸国のサッカーに目を向けるのか?」)
▼フィリピン国内のサッカー熱
ーータイリーグはなんとなくイメージできるのですが、フィリピンの国内リーグの情勢はいかがですか?
池田 タイは4部リーグまで存在するなど、東南アジアで随一と言っていいほど、サッカーが根深く浸透しているすごい国です。一方でフィリピンは、2年前にようやくAFC(アジアサッカー連盟)基準のプロリーグが始まりました。フィリピンフットボールリーグと言うのですが、昨年は8チームで運用されていたのに、今年は2チーム減って6チームで開催されました。カテゴリーが一つしかなく昇・降格もないので、シーズン途中で諦めてしまうチームもあります(苦笑)。
ただ来季は8チームでのリーグ開催に戻る予定です。セレス・ネグロスFCというチームがフィリピン王者で、ACLのプレーオフラウンドに挑戦しています。今年は京都サンガでプレーしていた上里琢文選手が所属していました。もうひとつ加えますが、ベガルタ仙台やサガン鳥栖でプレーしていた大ベテランの大友慧選手が、湘南ベルマーレと提携したダヴァオ・アギラス・ベルマーレFCというチームで、まだ現役を続けていますよ。
ーーフィリピンフットボールリーグのレギュレーションは?
池田 6チームで開催された今季は5回戦総当り方式(!)で優勝チームを決めました。AFCが推奨するホーム&アウェイのレギュレーションでリーグを開催しようとチャレンジはしたのですが、フィリピンの国情に合わず失敗に終わりました。遠方(別々の島の都市)のアウェイは渡航費や旅費が掛かります。また普段は全チームがマニラ近郊でトレーニングしているため、試合のためだけのホームタウンへの移動が大きな負担となったので、来季はおそらくマニラでの集中開催が基本になりそうです。ただマニラにはスタジアムが少ないですし、キャパシティも小さくて。ナショナルスタジアムが別にあるのですが、サッカーでは使わせてくれません。フィリピンのサッカー環境はまだ整備されていない状況です。
ーーいわゆるフィリピンで一番人気があるスポーツは何なのですか?
池田 男子のバスケットボールが一番人気で、次に女子のバレーボールですかね。それとやっぱりボクシング。引退したかと思えば現役復帰を繰り返す英雄マニー・パッキャオの影響で人気がありますね。ただサッカーも年明けのアジアカップに初出場しますし、スズキカップでも度々4強入りするなど、代表チームには”アスカルス”という愛称が与えられて注目が集まっています。なにしろ、いまの代表監督は名将スヴェン・ゴラン・エリクソンだったりしますし(笑)。
本多 ハーフの選手を代表に迎え入れるなど、寛容な部分もあると思いますが、フィリピン人の国民性や気質では受け入れられているのでしょうか?
池田 そもそもフィリピンは、出稼ぎの労働者が海外で生活するケースが非常に多いので、ハーフに対する理解の深い国です。スペインやアメリカにずっと支配されてきた国ですから、特にスペインの人名や地名が国中にあふれています。旧宗主国の血筋の人たちを受け入れる感覚はありますし、ハーフがどうとか、顔つきがどうとか、そういうことは一切ないんです。これは我々日本人には理解しにくい感覚かもしれません。
本多 またハーフの選手たちは、いわゆるフィリピン人のメンタリティーは持っているのでしょうか?
池田 よくぞ聞いてくれました。”アスカルス”は確かに寄せ集めの集団ではありますが、選手たちの心の奥底にある心情、共通認識、連帯意識はかなり強いです。フィリピンハーフは母親がフィリピン人のケースが多いのですが、母親の母国の代表でプレーするという熱量は、決して低くはありません。
▼タイリーグを牽引してきたブリーラム
ーーその一方でタイでのサッカーの市場規模はどうでしょうか?
本多 タイはそもそも国民自体がサッカーに対する関心が強いですし、いわゆるサッカー文化は古くからあったと思います。2011年にプレミアリーグの参戦クラブが18に増えてから、経済の隆盛と並行して、サッカー界にも経済界と同様の波がやってきたと思います。タイには77県がある中で、ほぼ全県にサッカークラブがありますし、その総数は約120にも上ります。2、3年前のあるデータでは国内リーグがイングランドのプレミアリーグに対する関心度を上回ったという記録もあると聞きました。東南アジアのサッカーと言えば、タイリーグと言われるほどの躍進を遂げてきたと思います。
そうした中、初めてアジアの舞台で名前を売ったタイのクラブがブリーラム・ユナイテッドFCです。政治家のネーウィン・チッチョープ氏が2009年に当時のPEAというクラブを買収し、ホームタウンをアユタヤからブリーラムに移して私財を投げ打ちながら、スタジアムを建設しました。そのブリーラムを筆頭に、ムアントン・ユナイテッドFCやバンコク・ユナイテッドFCは大企業がオーナー企業となって強化されています。
この3つのクラブはアジアのコンペティションでも普通に戦える力がありますし、一方で代表チームもキャティサック監督の下、強化されたことで来年のアジアカップにはアセアン4か国(インドネシア、マレーシア、タイ、ベトナム)の共同開催だった2007年大会以来、出場することになりました。また先ほどもお話に出ましたが、チャナティップがコンサドーレ札幌で期待以上のパフォーマンスを見せてくれています。現状のタイはさまざまな角度から良い相乗効果が生まれていますね。
ーータイリーグの隆盛は、ブリーラムを筆頭としたビッグクラブが牽引してきたのですね。
本多 結果的にブリーラムが引っ張るような形にはなりましたが、もともとタイ人はサッカーが好きというベースがあったことも大きかったと思います。学校の昼休みではサッカーやセパタクローに興じる子どもたちが多いですし、足元のうまさはセパタクローが形作っている部分もあるように思えます。ブリーラムのユースチームは全国からセレクションにやってくるほどの規模感です。育成も整備されて、ビッグクラブを中心によりサッカーでご飯を食べられる状況となり、職業としてのプロサッカー選手のステータスが上がってきている状況です。
▼フィリピン代表のメンバー表にJリーガーの名が乗る日も近い!?
ーーそれでは決勝の日も近い、スズキカップですが、それぞれ池田さん、本多さんにスズキカップのすごさを日本の読者にも伝えてください。(※2018年11月27日に収録)
池田 国によって熱量が全然違いますし、その熱量とサッカーの実力はほぼ比例していると思います。タイ、マレーシア、ベトナム、インドネシアはもともとサッカー熱がある上でしっかりと戦える国です。グループステージの試合や準決勝では、ベトナムとタイでは4万人以上、マレーシアに至っては8万人以上の熱狂的な観客がスタジアムを埋め尽くしました。
その一方で、例外なのがフィリピンの状況で、グループステージのシンガポール戦とタイ戦を、マニラではなくネグロス島のバコロドという地方都市で開催しましたが、2試合ともにわずか4千人ほどしか観客が入りませんでした。大会前にはスポーツチャンネルやネット媒体が盛り上げていましたし、私もバコロドに行きました。でも、まだまだフィリピン国内のサッカー熱は高くなく、わざわざ飛行機に乗ってまで観戦に行こうという気運には達しなかったようです。たぶん、一番盛り上がっていたのは私だと思います(笑)。
※フィリピンはグループステージをタイに次ぐ2位で突破したが、準決勝のベトナム戦で2連敗を喫して敗退した
本多 最近はカンボジアの熱量もすごいです。
池田 確かに。複数の日系クラブチームがリーグを盛り上げている様子ですし、代表監督(兼GM)にケイスケ・ホンダが就任するなど話題になっていますよね。ところで、最近のスズキカップに対するタイの熱量はどうでしょうか?
本多 タイに関しては、スズキカップ2連覇中で「(ASEAN諸国よりも)上のステージに行ったぞ!」という感覚がファンの中にはあると思いますし、そういう感覚が芽生え始めています。更にスズキカップにはチャナティップを始め、ティーラシン、ティーラトンらJリーグ勢は出場していないので、むしろ年明けのアジアカップに関心が向いている面があるかもしれません。アジアカップではW杯最終予選で示した代表チームの力がフロックではなかったことを見せたいという思いが強いのではないでしょうか。ただ決勝に進出すれば、お祭り好きな国民気質なので、盛り上がるんじゃないかと思っています。
※しかし、タイは準決勝でマレーシアと2戦合計2-2。アウェイゴール数の差で敗退した。12月11日と15日に開催される決勝は、マレーシアvsベトナムの対戦となった
ーータグマ!では「フットボールフィリピン」に続いて、「FOOTBALL THAILAND」もスタートしました。最後に一言ずつ、各サイトの今後について、聞かせてください。
本多 先のロシアW杯最終予選でも日本とタイは対戦しましたし、クラブレベルでは柏レイソルの細貝萌選手が来季からブリーラムでプレーすることになってACLではJリーグ勢とも対戦します。日本でもタイサッカーが注目されるタイミングだと思うので、ニッチな部分にはなりますが、タイサッカーの情報を積極的に発信していきます。
池田 フィリピン代表が初めてアジアカップに出場します。韓国、中国、キルギスと同じグループに入り、厳しい組み合わせになりましたが、フィリピン代表の戦いぶりをレポートします。実はJリーグにも、私が把握しているだけでも4人のフィリピンハーフの選手たちがプレーしていて、今後はフィリピン代表のメンバーリストにJリーグのクラブ名が記載される可能性があります。また、日本のサッカー環境で育ったフィリピンハーフの選手たちが母親の母国でプレーしているので、そのあたりもお伝えしていくつもりです。
ーー今日はお二人とも貴重なお話をありがとうございました。
池田、本多 こちらこそありがとうございました。
【プロフィール】
池田宣雄(いけだ・のぶお)
神奈川県出身のフリーライター。香港で本格的な執筆活動を開始。主な寄稿先は「アジアフットボール批評」「フットボールエッジ」「イコライザー」など。現在は日本とフィリピンを行き来する日々。コスワースアジアリミテッド代表。
本多辰成(ほんだ・たつなり)
1979年生まれ、静岡県浜松市出身。7年間の出版社勤務を経て、2011年に独立。2017年までの6年間はタイ・バンコクを拠点としていた。主な寄稿先は「スポーツナビ」、「アジアフットボール批評」、「アジアサッカーキング」など。
蹴球界のマルチロール・郡司聡
30代後半の茶髪編集者・ライター。広告代理店、編集プロダクションを経て、2007年にサッカー専門新聞『エル・ゴラッソ』編集部に勤務。その後、2014年夏にフリーランスに転身。現在は浦和レッズ、FC町田ゼルビアを定点観測しながら、編集業・ライター業に従事している。2015年3月には町田市のフットボールWebマガジン『町田日和』(https://www2.targma.jp/machida/)を立ち上げた。マイフェイバリットチームは、1995年から96年途中までの“ベンゲル・グランパス”。