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佐久長聖はなぜ世界を目指すのか。卒業生の多くが海外進出する理由 ※無料

「私にサッカーの取材をしても面白くないですよ」。この取材を依頼した際、大島駿監督にそう返されたのを覚えている。

ただ、筆者にとってはそれでも良かった。無礼な物言いかもしれないが、佐久長聖高校のサッカーに魅了されて取材を依頼したわけではない。『世界の佐久長聖へ』という学校の教育方針と、指揮官の理論に共感する部分があったからこそ、こうして世に伝えたいと思ったのだ。

女子サッカーは世界に「置いていかれる」

長野県佐久市。県内の中心地である長野市と松本市から60kmほど離れ、サッカーが盛んとは言い難いこの地域から、海外へ飛び立つ選手が続々と生まれている。佐久長聖高校女子サッカー部。2017年に創部され、現在は県選手権で3連覇中の強豪だ。

同校は『世界の佐久長聖へ』という教育方針を掲げ、グローバル人材の輩出に力を注いでいる。その中で、2017年に創部されたのが女子サッカー部だ。県内の育成年代で指導していた大島氏を指揮官に据え、県内外から海外志向の選手が集結。3年間で海外遠征などの経験を積み、世界と戦う準備をしている。

神奈川県出身の大島監督は、法政大学第二高校でプレーしたのち、流通経済大学で“学生トレーナー”として指導者の道を歩み始めた。その後はAC長野パルセイロU-18など育成年代で指導に励み、2017年から佐久長聖高校女子サッカー部の監督に就任した。

大島駿監督

『世界の佐久長聖へ』という教育方針を踏襲し、立ち上がった女子サッカー部。単なる全国出場や全国優勝を目指すのではなく、グローバル人材を輩出するというのが主目的だ。そのコンセプトに感化されたのが、女子サッカーの指導は未経験だった大島監督。それまで男子を指導してきた中でも、女子サッカーに対して危機感を抱いている部分があったという。

「当時の日本の女子サッカーというのは、男子の後追いでしかないように見えていました。2011年になでしこジャパンが世界一になって、その功績自体は讃えられるべきものだと思います。ただ、その後に世界がどれだけ女子サッカーに力を入れていていたかというと、日本とは比較にならないくらい進んでいました。男子と同じような力を注いで、男子以上のことをやろうとしている国がどんどん強くなっていく。そこで日本が置いていかれるというのは、話をもらったときから想像がついていました」

佐久長聖から打診を受けたのは2016年11月。当時AC長野パルセイロ・レディースを率いていた本田美登里監督からの推薦もあり、「やるしかなかった」と笑みをこぼす。サッカーを教えるというのは大前提だが、根幹にあるのはグローバル人材の輩出。日本経済の情勢も照らし合わせて人材育成に励んだ。

「世界の時価総額を見ると、30年くらい前まではトップ50に日本企業がいくつもありました。それがいま残っているのはトヨタくらいだし、下から数えたほうが早くなっています。この現状が日本の衰退を表していて、いま日本の中でいいと言われているものは、世界に視野を広げたら遅れをとっています。私が子どもたちに期待しているのは、グローバルスタンダードをもった中で、どう物事を見て、選択していくのか。そのために高校3年間で、サッカーを通した気づきを与えたいと思っています」

百聞は一見にしかず。世界レベルを肌で

創部2年目の2018年はアメリカ遠征を行ったが、2019年からコロナウイルスが流行。思うように改革が進まない時期が続いた。それでも2022年には2度目の海外遠征として、スペインの強豪、アトレティコ・マドリードが主催する『MAD CUP』に参加。レアル・マドリードなど世界の名門クラブと相対し、世界レベルを肌で感じた。

「『世界はこうだ』といくら言葉で伝えても、それはただの説得になってしまいます。『百聞は一見にしかず』という言葉があるように、実際に世界を見て、どう進んでいるのかを感じてもらいたい。だから現地に連れていくようにしています」

スペイン遠征後にチームを取材した際、キャプテンの八尋香菜子はこう話していた。

「スペインの選手たちは『いまはこの点差だからこういう戦い方をしよう』とか、自分たちで試合を攻略することに長けていました。あとは綺麗なサッカーではなくても、勝つために戦うという姿勢がありました」

そういった発見も、実際に現地へ赴いたからこそ得られるもの。指揮官は「日本から世界を見るという視点が、世界から日本を見るという視点に変わってくる」と話す。その視点を養うべく、今年も海外遠征のほか、国内での海外クラブとの交流も予定している。

今年は八尋をはじめ、立道南津帆、眞鍋采希子、三田優希の4名が海外へ旅立った。卒業生37人の進路をたどると、20人がサッカーを続け、11人は海外でプレー。主な行き先はスペインとアメリカだが、大島監督は各国の女子サッカー事情を日々調査している。将来的には、幅広い国でOGが活躍する姿を見られるかもしれない。

佐久長聖が育んでいるのは「リーダーになれる人材」と「求められる人材」。それはサッカー選手としてはもちろん、どの社会に出ても同じだ。世界基準で物事を考え、判断し、行動できる人間になること。単なるサッカー留学や海外挑戦とは異なる目的意識がある。

全国で勝ち、世界進出を目指す“二刀流”

サッカーの中身についても触れたい。佐久長聖のスタイルを一言で表現するのは難しいが、間違いなく言えるのは、攻守において主導権を握るということ。そのための方法として、速攻や遅攻、ハイプレスやブロックを使い分けている。使い分けの基準は相手や試合展開にもよるが、「そのやり方を選べるようにレベルを上げるのが『育成』だと思っている」と指揮官は言う。

「速攻がいいとか悪いとかではなくて、365日速攻の練習ばかりしていたら、速攻しかできない選手になってしまいます。そういう育て方は、そもそもどうなのかなと。まずは相手に勝る持ち味をもつ選手になって、その持ち味を集団になってもなお出せる選手がピッチに立つ。スタイルがないと言われればないし、スタイルがないことがスタイルとも言えます」

昨年は出場している選手の特性上、背後に抜け出すシーンが少なかった。初出場した全日本選手権の初戦・鎮西学院戦(0-0/PK6-7)では、足元で丁寧にボールを繋ぎながらゴールに向かって前進。それで崩せるシーンも多々あったが、最終局面では相手の強固な守備に苦しみ、シュート数は3本に終わった。筆者としては、もう少しディフェンスラインの背後への抜け出しも必要だったのではないかと思い、実際にミックスゾーンでそう質問したことも覚えている。

だが、佐久長聖のサッカーは「一人ひとりの強みを引き出すこと」が先決である。つまり、ピッチに立っている11人の特性上、そういう戦い方を選んだというだけの話だ。背後への抜け出しが得意なスーパーサブ・三田が入ってくれば、彼女の特徴を生かすべく、ディフェンスラインの背後を突く形も増えてくる。実際に大会前のトレーニングマッチでは、その形で三田が途中出場から得点を奪っていた。

「『佐久長聖はこのスタイルだから』というふうにやっていたら、選手としても面白くないし、僕自身も成長しなくなってしまいます。だから『こういう選手がいるから、こうやって特徴を生かす』という感覚でやりたいんです」

選手たちは県内外から集っているが、いずれにも共通するのは「世界で勝負したい」という考え。部員数は昨年度時点で25人と少なく、1年生と2年生も即戦力となる。全日本選手権の初戦では、スタメンに1年生が5人も名を連ねた。実は、これにもグローバルスタンダードという概念が込められている。

「1年生の選手たちは16歳で戦うわけですが、海外ではそれが普通です。1年生、2年生、3年生と分けて考えるのは、ある種日本のいい文化なのかもしれませんが、その文化が世界で通用するかといえばそうではないと思います」

昨年は創設6年目にして全国初出場を果たした。それまでは結果にこだわりながらも、どちらかと言えばプロセスを大切にしてきた部分もあったという。だが、全国の扉を開いたことで、当然ながら選手たちにも欲は出てくる。いまは「世界で勝負したい」という根本は変わらずとも、「全国の強豪を倒した上で、世界で勝負したい」という“二刀流”に変わりつつある。

そう簡単な話ではなければ、前例があるような話でもない。それでも己の道を突き進み、数年後、あるいは数十年後にどのような成果が現れるのか。佐久長聖の改革はまだ始まったばかりだ。

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